第1章 自賠責保険

1.自動車保険の概要

 ご存知のように、自動車保険には、自賠責保険と任意保険の2種類あります。自賠責保険が補償するのは、他人を死傷させた場合の損害賠償責任です。それに対して、任意保険が補償するのは、①他人を死傷させた場合の対人賠償責任保険、②他人の財物を壊した場合の対物賠償責任保険、③自分や搭乗者が死傷した場合の人身傷害保険、人身傷害保険を付保しない場合の自損事故保険及び無保険車傷害保険、搭乗者傷害保険、④自分の自動車の損害を補償する車両保険の、4種類あります。  したがって、他人を死傷させた場合の補償は、自賠責保険と任意保険の両方がカバーし、任意保険は自賠責保険の支払限度額を超えた部分に対して補償する関係にあります。

2.自賠責保険とは

 自賠責保険は、強制保険と言われるように法律によってすべての自動車に付保することが義務付けられています。

いわゆる自賠法(自動車損害賠償保障法)は、自動車の運行による人身事故の損害賠償を保障する制度を確立することによって、被害者の保護を図ること、及び自動車運送の健全な発達に資することを目的としています。

 自賠法では、運行供用者に対して無過失責任に近い責任を負わせることで、被害者の賠償請求を容易にしています。つまり、仮に運行供用者が無過失だったとしても、被害者が被った死傷による損害の賠償責任を負わなければならないということです。

 尚、運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」を言い、自動車の運行を支配し、かつ運行によって利益を得る者を言いますが、通常、所有者または使用者のことになります。

 一方、運転者は、自賠法上の運行供用者ではなく、直接運行供用者責任は負いませんが、不法行為者として民法上の責任を負うことになります。そのため、自賠責保険では、運行供用者責任が発生した場合は、その賠償責任に対して保険金を支払うことから、運転者が負う賠償責任についても保険金を支払います。  少し法的概念が含まれて話がややこしくなりましたが、自賠責保険では、保険金支払いの対象となる被保険者は、賠償責任を負う運行供用者である所有者または使用者及び運転者ということになります。

3.自賠責保険金

 自賠責保険では、被保険者が自動車の運行によって他人を死傷させ、損害賠償責任を負うことによる被保険者の損害に対し、保険金が支払われます。

 自賠責保険金の支払限度額は、次の通りです。

 死亡事故 ①死亡損害 3000万円

      ②死亡に至るまでの傷害による損害 120万円

 傷害事故 ①傷害による損害 120万円

      ②後遺障害による損害 75~4000万円

 支払金の内訳は、次の通りです。

 死亡保険金=葬儀費+逸失利益+慰謝料

 *死亡保険金の慰謝料とは、本人分+被扶養者分+遺族分の合計になります。

 傷害保険金=治療関係費+休業損害+慰謝料

 後遺障害保険金=逸失利益+慰謝料  

4.自賠責保険金が支払われない場合

 悪意による事故の場合は、保険金が支払われません。例えば、わざと人を轢こうとした場合や、わざと衝突して他人を死傷させた場合です。ただし、この場合でも、被害者は、保険会社に対して直接被害者請求ができます。

 また、1台の自動車に2つ以上の自賠責保険が付いている(重複契約)時は、最も早い契約以外は支払われません。

 さらに、次のような場合も支払われません。

 無責事故と言って、加害者に賠償責任がない場合が該当します。例えば、加害者Bさんの止まっている自動車に、被害者Aさんが衝突し、Aさんが死傷した場合、加害者Bさんには賠償責任が生じませんので、Aさんには保険金が支払われません。

次に、被害者Aさんが信号無視をし、青信号の加害者Bさんの自動車と衝突してAさんが死傷した場合も、加害者Bさんには賠償責任が生じませんので、Aさんには保険金が支払われません。

それから、被害者Aさんがセンターラインをオーバーして対向車線を走ってきた加害者Bさんの自動車と衝突してAさんが死傷した場合も、加害者Bさんには賠償責任が生じませんので、Aさんには保険金が支払われません。

Q1.Aさんは、センターラインをオーバーして対向車線を走ってきた自動車と衝突して死亡しました。この場合、自賠責保険の死亡保険金は支払われるでしょうか?

A1.対向車の加害者に賠償責任がない無責事故に該当するので、Aさんには、自賠責保険の死亡保険金は支払われません。

 因みに、この場合、Aさんが任意保険の人身傷害保険に加入していれば、設定した保険金を限度に保険金が支払われます。また、対人賠償責任保険には加入しているが人身傷害保険に加入していない場合は、自損事故傷害特約(自動セット)によって、死亡保険金1500万円を限度に保険金が支払われます。

 また、対象外事故の場合も支払われません。まず、自動車の運行によって死傷したものではない場合、例えば、駐車場に駐車している自動車Bに、スケートボードで遊んでいた子供Aがぶつかって死傷した場合です。

 次に、賠償責任を負う加害者がいない、いわゆる自損事故の場合、例えば、Aさんが自ら電柱に衝突して死傷した場合です。

 それから、被害者が「他人(運行供用者及び運転者以外の者)」ではない場合、例えば、Aさんが所有する自動車を友人が運転していて自損事故を起こした際、同乗していたAさんが死傷した場合です。  このように、強制加入だからと言って、何でもかんでも自賠責保険金が支払われる訳ではありません。要は、加害者に賠償責任があるかどうかが自賠責保険金支払いの根拠となります。

5.自賠責保険金が減額される場合

 被害者保護を目的とする自賠責保険においては、被害者に重大な過失(70%以上)があった場合にのみ、その過失割合に応じて、次のように減額が行なわれます。損害額が支払限度額を超える場合には、支払限度額から減額されます。

 

過失割合死亡・後遺障害傷害
70%未満減額なし
70~80%20%減額20%減額
80~90%30%減額
90~100%50%減額

 因みに、任意保険の場合は、過失割合通りに同じ割合で減額されます。簡単に言うと、過失割合分の損害は、加害者に対して保険金請求ができないということです。その点は、自賠責保険は、減額率が過失割合より低減されており、被害者にかなり配慮していると言えます。  また、死因または後遺障害発生原因が事故による外傷であることの判断が困難な場合、自賠責保険では、「因果関係判断困難」として、死亡・後遺障害による損害額の50%を認定する方法がとられています。

6.政府保障事業・自賠責保険切れ

 通常、自動車事故被害者は、加害車両に契約されている自賠責保険の保険金を請求できます。しかし「ひき逃げ事故」や「無保険車事故」では、自賠責保険の保険金を請求することができません。この場合、政府(国土交通省)が、賠償責任のある者に代わって損害相当額(保障金)を被害者に立替払いします。政府は、その立て替えた金額を限度として、被害者が持っている請求権を代位取得します。賠償責任者が現れたら、政府は立て替えた分を請求します。

 保障金の限度額は自賠責保険と同じです。ただし、保障事業は、加害者の支払や社会保険等給付によって十分に救済されない被害者に対する最小限度の救済措置とされており、これらの金額に相当する額を保障金の限度額から差し引きます。  因みに、自賠責保険が切れた無保険状態で自動車を運行の用に供した者は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。(自賠法第86条の3)

7.自賠責保険と任意保険

 自賠責保険に関しては、任意保険と別の保険であるという理解は間違いです。なぜなら、任意保険は自賠責保険の上積み保険であり、自動車保険請求というのは、本来の賠償請求額の中に自賠責保険請求額が含まれていて、自賠責保険請求額を超過する部分としての任意保険請求があるという2段階請求の形を取るからです。  なので、自動車保険請求を有利に行なうには、自賠責保険請求と任意保険請求について、それぞれ正確に把握しなければなりません。

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