第3話「日本におけるウソの社会的評価」

私は、裁判をきっかけに、ウソへの意識が一気に高まりました。同時に、私はますます、ウソが嫌いに、ウソつきが嫌いになりました…
私の中では、ウソは悪です。決して清廉潔白主義で言うのではありません。つまり、こういうことです。

先程、裁判の話をしました。アメリカと日本の裁判の違いを紹介しました。日本の裁判に、アメリカのように、偽証を許さない秩序があれば、多くの裁判で正義が、正しい方が勝つでしょう。その結果、正義が守られ、ウソをついてはいけない、人を騙してはいけないという道徳観が、社会の中で、人々を支配します。

しかし、日本ではそうなっていません。裁判官は、ウソを容認し、ただ原告に立証責任を押しつけ、被告弁護士は、被告の利益を守るために、ウソをアドバイスし、自らもウソを口にして、裁判に勝つことだけを目指します。

これで、正義が、社会道徳が守られるでしょうか?いい社会が創れるでしょうか?次代を担う子供達の、手本となれるでしょうか?
弁護士は、自分の子供に、「裁判に勝つために、ウソを駆使するのが、有能な弁護士として欠かせない能力だよ。」とでも、説明するのでしょうか?

ウソは必要悪ではありません。単なる悪です。
しかし、ウソは、今後もずーっと依然として強い勢力を保つでしょう。
ウソの被害者にならない知恵が必要です。


人は何故ウソをつくのか?

ウソと言えば詐欺、詐欺と言えばウソ、両者は一心同体の関係です。
詐欺師は何故ウソをつくのか?もちろん、人を騙して、お金を取るためです。
そう、ほとんどの場合、利益を得る、もしくは守るために人はウソをつきます。

ウソつきバンクは、様々なニュースに登場する大企業、政治家、デザイナー、芸能人などを筆頭に、実に豊富な人材の豊庫です。
これでわかりますが、社会的立場とウソつきかどうかは、全く関係ありません。
どんな社会的立場であれ、ウソつきの目的は、自分の利益のため以外にはありません。
ウソつきとは、強欲な利己主義者のことなのです。

ウソつきは、ウソつきという不名誉のレッテルを貼られても、信用を失っても、卑怯者になろうとも、尚且つ、利益を守りたいという心理に支配されています。
つまり、利己心が、その他の価値観(正義、公正、潔さ、愛、友情、思い遣りなど)を上回っているのがウソつきです。
ある意味、見事なまでに、シンプルな価値観の人物です。

ウソの被害者にならないために、この点を確実に押さえておかなければなりません。つまり、ウソつきは、利益のためには、ウソをつくことを全く厭わないし、逡巡しないのです。

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